電子書籍についての考察

最近、「読売KODOMO新聞」を購読しました。

時節がら教科書の話題が出ていたのですが、欧米では教科書は貸出とのこと。

長年使えるように表紙が分厚くなっていて、表紙の裏に名前を書き込む欄があり、毎年新しい生徒が名前を書き込んで使いまわしていくそうです。

またアメリカは、州によって教育内容が異なるため、教科書会社が「どの州でも使えるように」と教科書を分厚くするのだそうです。

ちなみに算数の教科書のページ数は、日本が197ページなのに対しアメリカは975ページ。約5倍も違います。。。

表紙が分厚い本をハードカバーといいますが、アメリカでは平均25ドルほどの価格がついているそうです。

 これらの事を考えると、アメリカで「アマゾン」「アイパッド」「キンドル」などが誕生した理由が想像できます。

それは単純に「本が重くて高いから。」

本が重ければ通販で買いたくなりますし、ハードカバーの本より軽くて安ければ「電子書籍で読もうかな?」という気になると思います。

読み手の利便性が、既存の本より電子書籍などの方が優れているということになりますね。

これに日本の状況を鑑みたらどうでしょうか?

私なんかはソフトカバーの本をよく購入するのですが、だいたい700円程度から2000円程度ですよね。

本をゆっくり読む時間はあまり取れないので、パラパラ読みをして興味を持った部分だけよく読むなんてこともしょっちゅうです。電子書籍では、パラパラ読みなんてできないですからね。

アイパッドを買って2年くらい経ちますが、電子書籍を読むことは全くありません。最初の頃だけですね。興味本位で読んだのは。電子書籍のタイトル数も少ないですしね。

ということを考えると、紙の本が無くなるということは日本では考えづらいのかなと。

しかし、電子書籍は「アイパッドやキンドルで読みたい人向け」には存在価値があると思います。

つまり、電子書籍は紙の本とバッティングする性質のものではなく、本に書かれているコンテンツを読むためのツールの一つということですよね。その人のライフスタイルに応じて好きな方で読めればいいと思います。

そのように考えると、「紙の本」と「電子書籍」は、共存共栄の関係にあるんじゃないでしょうか?

いままで「紙の本」で読まなかった人が「電子書籍」で読むようになれば、結果として読書人口がひろがり、「紙の本」と「電子書籍」をその人に合ったスタイルで購入するようになるでしょうから。

コメント

このブログの人気の投稿

パッケージのこだわり

ユーハイムの包装

段ボールの扇子